振り返り(タイトルはあとで) (1)

米国・カナダにおける5社15エンティティの統合・組織再編・PMIを完遂した。
 
 
 
 
「複雑」という言葉で言い表せないくらい複雑性/難易度が高く、ハレーションの多いプロジェクトだった。一手にその責任を負い、推進できた経験はかけがえなのないものになったし、大きな自信にもなりました。
一緒にやっていた代表は、「嫌われたくない」という思考が強く(最初に言われた笑)、自分としては、いい意味で任せてもらい、誰も背負いたがらない中、自分がリードし、どんな状況になったとしてもやり切ると決め、向き合ってきた。こうすればよかったみたいなのは結果論としてはあるものの、全てその時、最も正解に近いものを選択してきた。経営としての役割というものを心に留め、難しい(ハレーションのある)判断こそ経営がすべきと思い、やってきた。当事者しか持ち得ない解像度を持ち、主観やスタンスにこそ価値があるあと思うし、常にそれを大事にしてきた。常に大切なことを掲げ、それに向かって邁進するのみである。
 
拠点は、カナダ(トロント)から始まり、ダラス、コロラドと、転々としないといけなかったのも中々大変だった。ダラスの戸建はかなり古く、毎晩仕事をしていると虫が沸くような感じだった。あとは単純に働きすぎた。
 
当初米国に渡るまで、久しぶりの海外、英語もしばらく使っていなかったというのもあり、かなり不安だった。もちろん日々の努力というものに加えて、決めていたことが1つあり、シンプルにハードワークすることだった。誰よりも準備をする、誰よりも早くアウトプットを出す。それはかなり機能し、主導権をとってあらゆることを推進でき、かつ、あらゆるアジェンダが自分に回ってくるようになった。業界経験もない(あらゆるジャンルでこれが必要だと自分は思っていないが、長く業界にいる人はそれに価値を感じている人もいる)、かつ、年齢として比較的若い自分が戦う方法はこれだと思っていた。
 
1番大変なところをやり切ったので、ここからは楽である。次はシンプルに事業経営をやるだけである。1番大変なところができて本当によかった。
 
GENDAでは、入社後すぐにさまざまな変革をリードした。第一に、GENDAは、いわゆる本社/ホールディングス機能があり、それにM&Aした事業体(GENDA GiGO Entertainmentやシンコーポレーシ等)がぶら下がるような構造であり、本社所属としては、事業を「支援」することが仕事である。
  • 当初、「プロダクトマーケティング部」という組織名称だったところを「事業推進室」という名称に変更。
  • CTO直下だったところから社長直下に変更
  • 縦軸(事業)、横軸(機能)の職能型チームへの変更
  • 出向モデルの確立、要職ポジションの獲得(海外事業への参画、経営参画などを実現した)
などを短期間でやった。「目的に忠実に」向かい、大きな変化を生んだと思う。誰もが価値を出しやすくなったと思う。入社したときは、グループ企業との距離感もかなり遠く(グループ企業の経営者からは、あなた方は、どこの誰?状態からのスタート)、信頼関係もなく、ひたすら手探りで/勝手に定量/定性リサーチをし、それをもとに何となくアクションを提案する、また、いち機能提供(マーケ施策立案・実行、システム開発)に留まる、みたいな動き方をしていた。それは自分の目線では理想の形ではなかった。あらゆる組織には経営アジェンダがあり、それに基づき動かなければ優先度も捉えきれないし、その事業や組織、経営にアラインできない。要は自己満に偏った動きになっていた。このままでは何も生み出せないと思い、すぐにこれらの変革に着手した。
また、M&Aに圧倒的に重きが置かれており(これはこれで稀有な戦い方だと思う)、M&AとPMIの断絶が甚だしかった。ディールはディールとして処理されていたので、その場における事業仮説やM&A後のアクション等が全く検討や引き継ぎされず、全てが動いていた。これを変えた。ディール段階から、僕たちのチームが入るようにし、事業計画(要するにその後事業経営として何を為すか)に責任を持つようにした。そういう基礎的なところから変えていった。
 
とはいえ、GENDAは、M&Aが事業の会社(要するに、金融の会社)であり、組織に事業創造のアイデンティティが薄いと感じていたことと、経営や事業レベルで自ら責任を負いたいと思うようにもなった(元から感じてはいた)。また、米国で過去イチ、あり得ないくらい働きすぎて、自分のせいで家族も体調を崩してしまったのもあり、転職する意思決定をした。今31歳で、ここから長く事業、組織にコミットする組織に身を置きたいと考えた。
  • 自ら事業、組織に責任を負う
  • 自ら意思決定に責任を負う
  • 短期的な成果だけでなく、中長期的な成果に責任を負いたい
  • 責任を負わないと強くなれない
このAI全盛の時代に残る人の価値は責任を取ることである。判断と意思決定。
 
スタートアップでもないXXX産業で、経年赤字、かつ、自律的な経営ができないのは経営者としては恥である。それを打破するために、EBITDAの改善のみを見据え、統合/組織再編、人員整理やオペレーションを推進し、Xミリオン単位の削減の目処を立たせた。また冒頭に記載した、M&AとPMIの断絶の弊害も大きく、なぜこの会社を買ったのかみたいな問いも現場で出てきていた。どう事業を伸ばすか、事業サイドからM&A実行の是非や計画を責任を負うべきであり、そういうところも含め組織のアイデンティティである。組織のアイデンティティというものは色々なところに影響を及ぼす。管理しているだけでは事業は伸びない。
 
責任を負わないと強くなれない
組織にそういうアイデンティティがあるのとないのではちがう、勘違いも起こる
大事なものは異なる
決めれない組織より決める組織 優柔不断な経営
赤字
 
 
自分も今や2人の父だけど、まともに父親、母親をやっていきたい。毎日飲みに行くみたいなタイミングがあって、僕しか家族持ちがいなくて、かなりしんどかった。そういうのを考慮できる人員配置にしたいと思った。自分とは異なる価値観の飲み文化で行かなかったら来ないやつ、みたいになる。まともな父親や母親経験のあるひとがマネージャーにいるべき
 
負ける覚悟を持って勝ちにいけ。好きな言葉である。
一旦休憩を挟んだ後、また海外で仕事をする。家族には迷惑をかけるかもしれないが、先行きが不透明なものをやりたいと思い、決めた。自分はそういうものにワクワクするんだと改めて思った。
 
 
 
ペルーのロモサルダト
メキシコのタコス
娘が泳げた
なぜこれをやるのか
Garota de Ipanema
Panchita - Miraflores
 
今の娘たちとの時間は今しかないし、いつまで一緒に出掛けてくれるかもわからない。なので、少し休憩し、一緒に旅をすることにした。メキシコ、エクアドル(ガラパゴス諸島)、ペルー、アルゼンチン、ブラジル、フランス、モロッコ、
ディズニーパーク全制覇してきた。
娘の挑戦心とか自己確信が育ってきているように思う。これは親の役目だと思う。できると思える経験をさせてあげると、そこからさらにやってみようと思える。
リオの雰囲気は最高だった。また行きたい。
次はいつになるか分からないが、次はこういう予定で回る予定だ。ヨーロッパはもう少し歳を取ってからいこうと妻と話している。
米国はやっぱり食が単調である。多様性はあるが、クオリティがそれほど高くない(というかコスパが悪い)。感動するほどのものに出会うことはなかった。